軽井沢に渡辺謙さんが移住したって本当?

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軽井沢に渡辺謙さんが移住したって本当?

日本を代表する国際的俳優の渡辺謙さんが軽井沢に居住しているってご存じでしたか?

ここでは、渡辺謙さん×軽井沢についてご紹介していきたいと思います◎

渡辺謙さんのプロフィールから、軽井沢とのご縁をより知ることができます!

軽井沢に移住した渡辺謙のプロフィールと主演作【日本】

渡辺謙さんは1959年新潟県生まれ。
本名も同じで、「謙」は越後の戦国武将・上杉謙信に因むそうです。
高校卒業後、高校卒業後の1978年、東京の武蔵野音楽大学進学を目指すものの、お父様が病に倒れ、学費捻出が困難になり、音大への進学は断念…。

音大志望だったのですね‼音大には全く縁がない私からしてみたら、音大を目指すというだけで、難しそう&素晴らしいと思ってしまいます…(拍手)

その後、芥川比呂志演出による演劇集団 円公演『夜叉ヶ池』を観劇して感銘を受け、この劇団の附属研究所に入りました。

1982年に『未知なる反乱』でテレビ、84年に『瀬戸内少年野球団』映画デビュー、87年のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』の主役を演じ、39.7%という大河ドラマ史上最高の平均視聴率を獲得して、一躍大スターとなりました。この大河ドラマ史上最高の平均視聴率39.7%の記録は未だに塗り替えられていないすごい記録です!!「平均」ですからね…(驚)

ちなみに、最近の若い方はご存じではないかもしれませんがその頃から歌手としても1992年頃まで活動していたんですよ~。
※「マツケンサンバ」を踊った方とは別人です(笑)

以降、舞台・テレビドラマなどで次々と大役を演じ、前途洋々に見えた1989年、映画初主演となるはずであった『天と地と』の撮影中に急性骨髄性白血病を発症し、降板。再起はおろか生命も危ぶまれたが約1年間の闘病後、治療を続けながらも俳優業に復帰。
NHK大河ドラマ『炎立つ』に再び主演、完全復活をアピールした矢先、発病から5年が経った1994年に再発してしまいました。
しかし、病に負けず、また1年後の1995年に無事復帰を果たしました(拍手)

2000年頃は、ご自身の病気や大ヒットした大河ドラマの「政宗」のイメージを払拭すべく、悪役・ダメ男役でイメチェンを図る渡辺謙さん。

確かに、誰でもそういった転換期ってありますよね!

2006年、荻原浩さんの小説『明日の記憶』映画化作品で映画初主演。
渡辺謙さんを含む複数の日本を代表する大物俳優達が候補に挙がりましたが
自らも闘病経験があり原作に人一倍の共感を持てた渡辺謙さんが、荻原浩さんに映画化を熱望する旨の手紙を直接送付したことで、渡辺謙さんの主演で映画化されました。

白血病の発症以降、患者役や医療関係者役、難病を扱った作品は避けてきましたが、この作品で若年性のアルツハイマー病に冒されていくという主人公を演じています。

また、映画公開と同じ時期に発表した自らの著書『誰? – WHO AM I?』で、かつて白血病の治療中頻繁に受けた輸血(主に血小板輸血)が原因でC型肝炎ウイルスに感染し、『明日の記憶』の撮影はその治療の副作用に悩まされながら敢行していたことを告白。

現在は急性骨髄性白血病・C型肝炎ウイルス感染ともに問題のない良好な状態を保っています。更にこの作品で初めてエグゼクティブ・プロデューサーを兼任。映画の普及とアルツハイマー病への理解を促進するため全国各地を奔走しました。

渡辺謙さんほどの社会的インパクトのある方が、こういった活動をすると
病や医療現場への理解への影響はとても大きそうですね!

2009年10月、山崎豊子原作の映画『沈まぬ太陽』に恩地元役で主演し、
・第33回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞
・第34回報知映画賞主演男優賞

を受賞。映画公開初日の舞台挨拶にて作品・撮影の厳しさを語り、男泣きもしましたね。

軽井沢に移住した渡辺謙の主演作【海外】

さて、海外での活躍も見ていきましょう。

2003年、アメリカ映画『ラストサムライ』で第76回アカデミー賞助演男優賞などを受賞。
日本国外映画初出演となったアメリカ映画です。

私も『ラストサムライ』は当時映画館で観て、号泣&感動した記憶があります。
当時は、真田広之さんや小雪さんに惚れ惚れしていました…渡辺謙さんすみませんっ(笑)

この『ラストサムライ』を機にロサンゼルスに居を構え、『バットマン ビギンズ』や『SAYURI』など日本国外映画に立て続けに出演。
以前は通訳を要していた英会話も、猛勉強の末、殆どの会話を自らこなしています。
渡辺謙さんの英語、流暢ですよね~~。

2006年には、クリント・イーストウッド監督の映画『硫黄島からの手紙』に、栗林忠道役で日本国外映画初主演
ラストサムライのときは「初出演」でしたが、今回は「初主演」!

他の主要日本人キャストはオーディションで選出されましたが、渡辺謙さんだけは監督から直接出演要請がありました。
外国語映画賞を受賞したゴールデングローブ賞の授賞式において、壇上のクリント・イーストウッド監督は「偉大なるケン・ワタナベに敬意を表したい」と渡辺に言葉を贈られました。

2007年2月25日(現地時間)、第79回アカデミー賞授賞式に出席し、カトリーヌ・ドヌーヴと2人で非英語圏の俳優代表として舞台に立ち、賞が設定されて50周年を迎えた外国語映画賞の歴史を紹介しました。

2008年2月、映画『ダレン・シャン』や『インセプション』に出演。

2014年、『GODZILLA ゴジラ』にメインキャストの一人として出演。

韓国の釜山国際映画祭では日本人として初めて開幕式の司会をしています!(拍手)

2015年、ミュージカル『王様と私』でトニー賞・ミュージカル部門主演男優賞にノミネート!

2022年12月30日、21年間所属したケイダッシュを同年末をもって退社し2023年1月1日から独立することを明らかにしました。

なぜ軽井沢に渡辺謙は移住したの?

渡辺謙さんは21年間所属したケイダッシュを同年末をもって退社し2023年1月1日から独立しました。
これを機に、軽井沢に移住したのかと思いきや、2019年頃にすでに住民票を移しており、長野から東京や海外へお仕事に向かっていたとのことです。

ある長野県のTV番組の中で、
・実際ロケのためにあちこちへ出かけ、数か月滞在するため、居住場所は東京でなくとも良かった
・軽井沢の暮らしについて「全部いろいろなものを捨てて自分だけでいられる場所」

とコメントしています。
ご自身のライフスタイルと軽井沢の魅力が、渡辺謙さんには合っていたのですね!
現在は愛犬との生活を中心に「犬ファースト」の生活をしています。

軽井沢は多くの有名人が別荘を持っていたり、住んでいたりします。
たくさんの家や別荘がありますが、定住している人はやはり他の有名な街よりは少なく
人と適度な距離を保ちながら、自然の中でゆったりと暮らせる、自分自身でいられる、と感じる人が多いのではないでしょうか◎

最後までご覧いただき有難うございますした☺
以上、「軽井沢に渡辺謙が移住したって本当?」でしたー!

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